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羽生結弦の母の献身がスゴすぎ!名前や年齢・職業は?評判も!


 


 

フィギュアスケート・オリンピック2連覇の羽生結弦選手の母のスゴイ献身ぶりについてまとめました。

羽生結弦選手は、仙台市出身、1994年12月7日生まれの、25歳(2019年12月7日現在)です。

身長172㎝、血液型B型です。

2014年、2018年に紫綬褒章受章、2018年には国民栄誉賞を最年少で受賞しました。


 

姉の影響で、4歳でスケートを始めました。

喘息だった羽生結弦選手ですが、スケートリンクはほこりがないので安心です。

同じ仙台市出身の荒川静香選手が2006年のトリノオリンピックで、日本女子発の金メダル受賞者となったことで、日本男子初の金メダルは自分がという思いが芽生えました。


 

2011年高校1年生の時、東日本大震災が発生し、自宅や練習場所も大きな被害を受けました。

まわりの人たちを元気づけようという思いで活動、練習を続けました。

ケガに悩まされながらも、2014年、2018年とオリンピック連覇を成し遂げています。

その後も、自分との戦いを続けている羽生結弦選手は、全国の人に勇気を与えています。
 


 

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羽生結弦の母の名前や年齢は?職業は専業主婦?

羽生結弦選手の母の名前は羽生由美さんです。

母の年齢は、55歳前後です。

⇒ 羽生結弦選手の母の写真!

 

羽生結弦選手の父親は、宮城県の中学校の数学の先生で、2016年度から校長先生です。

校長先生になって4年目ですね。校長先生が4年間同一校に勤務するのはめずらしいですね。2・3年が多いです。

校長先生も60歳定年なので、来年あたり転勤してその学校で定年を迎えるのでしょう。ですから、父の年齢は、57歳か58歳かと推測します。


 

父の年齢から推測して、母の年齢は、55歳前後かと思います。

もともとは専業主婦だったということですが、羽生結弦選手のスケートの費用を稼ぐためにパートに出るようになりました。

 

羽生結弦の母の献身がすごい!


 

羽生結弦選手の父は、宮城県の公立中学校の教師で地方公務員ですから、収入は安定していますが、羽生結弦選手の家はごく普通の家庭です。

長い間、家賃5万円の県営住宅で、節約しながら生活していました。

 

9歳ぐらいの時、羽生結弦選手がスケートの練習が嫌になりかけたことがありました。

もともと野球好きだった父は、野球の方がお金がかからないからと、声をかけたことがありました。

 

フィギアを続けるためには、練習場、コーチ、衣装など年間500万円~1000万円かかると言われています。

1000万円かかるなら、公務員の父親の年収(500万円台)を軽く超えていますね。

お金のかかるフィギアを続けることはむずかしいと考えることは、普通ですね。

父は、羽生結弦選手のスケートへの気持ちを確かめたということです。



じっくり考えた羽生結弦選手は、スケートを続けたいと言い、母も、羽生結弦選手の将来を信じていました。

姉は、弟の能力に気づいたのか、子供2人がフィギアを続けるのは、親にとって経済的に難しいと考え、やめています。

 

息子にスケートを続けさせるために、母は、スーパーの紳士服売り場とクリーニング屋さんと、パートをかけもちしていました。

また、フィギアのコスチュームは、母が手作りしていました。


 

羽生結弦選手は食が細くて量もあまり多くとりませんし、好き嫌いも多かったと言います。

そのため母は、栄養の勉強をします。

 

また、メンタル面も弱く、過呼吸になることもあったとか。

そこで母は、メンタルコントロールの勉強もしたのでした。

 

そのおかげか、羽生結弦選手は強い心を持つようになりました。

2014年のソチオリンピック前だったでしょうか、「心臓が毛皮着てる」と表現されるほど、メンタルは強くなったのです。

「心臓に毛が生えている」とよく言われますね。「毛皮着ている」の表現は、日本人女性初のフィギュアの金メダリスト・荒川静香さんの言葉です!


 

遠征の際は、羽生選手の喘息の発作が心配で、母も自腹で海外遠征について行っていたといいます。

飛行機による気圧の変化は喘息の引き金になるのです。

スケート連盟はドクターが同行しているからと、母の同行は却下していましたので、自腹でいくしかなかったのでしょう。

飛行機の中では、喘息の発作で苦しそうにしている羽生結弦選手の背中をさすっている母の姿を見た人もいたということです。


 

2011年の東日本大震災では、羽生結弦選手の自宅は半壊、電気ガス水道のライフラインもとまり、家族で4日間避難所で生活しました。

「こんな状況でスケートをやっていていいのか」、羽生結弦選手はそう思っていました。

これは、当時、スポーツ選手が皆感じていたことだろうと思います。

普通の生活もできず、家族や友人知人を亡くした人がたくさんいる中で、自分だけ今までどおりスケートをしていていいのかと思ってしまったのです。



しかし、自分が頑張って活躍することで勇気づけられる人がたくさんいることに母が気づかせてくれたのです。

ところが、当時の練習場所だった、「アイスリンク仙台」も閉鎖になっていました。

そこで、羽生結弦選手の母は、練習ができるようにと、スケート連盟やいろんなコーチに声をかけて回っていました。

駆けずり回って、頭を下げて、こんな時こそ滑らなければいけないと、ここでへこたれてはいられないとお願いして回ったのです。


 

そんな母の気持ちは羽生結弦選手にしっかりと伝わっています。

そしてアイスショーで神戸を訪れたときに、阪神大震災からの復興をみて勇気づけられ、スケートを続けて行こうと思えるようになったのです。

羽生結弦選手は「僕は自分のためだけに滑ってるんじゃない」と、たびたび話しています。

こんな風に羽生結弦選手に勇気づけられている人はたくさんいます。



そして羽生結弦選手は、全国をアイスショーで周りながら、練習を続けました。

2011年に四大陸選手権で、2位となり、最年少のメダリストになりました。

2012年、高校3年生になった時、カナダ・トロントにスケート留学をしました。

ブライアン・オーサー・コーチの指導を受けるためです。

 

その時、母は同行し、羽生結弦選手の精神面・健康面で献身的なサポートをしました。

言葉も含めた環境の違い、食生活の違いは、羽生結弦選手にとって辛かったのだろうと思われます。


外食だと日本と違い肉料理ばかりのカナダ。食が細く、胃が丈夫でない羽生結弦選手にとっては辛いものでした。

そこで母は、羽生結弦選手の健康管理のために、自宅で鍋料理など、消化の良い料理を作りました。

そのおかげで、羽生結弦選手は充実した生活をおくり、コーチの指導も身について、力をつけていきました。

 

また、英語ができないからと尻込みする羽生結弦選手を、母は叱咤激励し、英語の勉強をさせます。

わざと通訳なしででかけるなどの努力をした結果、今では、通訳なしで英語の取材を受けられるほどに上達しています。

 

羽生結弦の母の献身の理由は?

羽生結弦選手の母が、これほどまでに息子に献身する理由は何なのでしょうか。

母は、羽生選手のことを「私の体の一部だから」といっていたと明かしています。

 

自分のおなかで生まれ育って出てきたのだから、自分の体の一部で、守るのはあたりまえということなのでしょう。

母が、子どもを守ろうとするのは当然といえば当然です。特に病弱な子供だったらなおさらです。羽生選手も喘息もちでしたから。

それでもここまで自分を犠牲にして息子に献身する母親はあまりいませんよね。


お母さんは、子供の将来への希望に寄り添っていくことが親の勤めと考えているようです。

親の考えを押し付けるのではなく、本人が決めたことを全力でサポートします。

 

さらにスゴイのは、がんばっているのは羽生選手本人だからと、母も家族も決して表にはでません

大会を見に行ったファンの人たちは、いつも隅っこで見守っているお母さんを見ていました。

喘息の発作を起こしたりしないか心配で、近くにいるのだろうと言っています。


羽生結弦は母をどう思っている?何かお返ししている?

羽生結弦選手、母への思いを、インタビューで話しています。

お母さんは、息子が進むべき道を未来まで考えて、守ってくれると。

「自分が、スケートが好きだから始めたんだ」という気持ちを、羽生選手の心の中から絶対に消えないようにしています。

羽生結弦選手は、「自分を犠牲にしてでも息子のことは守るんだ」という母の気持ちを、いつでも感じているといいます。

それが母の愛なんだとわかっているのです。


 

だからですねぇ、メダルを受賞したあとに、いつも母にかけていると言っています。

表彰式でメダルをもらった後で、一番最初に母にかけてあげます。

感謝の思いと、「おめでとう」の気持ちを込めて。

羽生結弦選手は、母も自分と一緒に闘っていると感じているから「おめでとう」なのですね。

 

羽生結弦選手は、いつも母と一緒で、まるで恋人同士みたいなんて話もあるくらいです。

そんなに話すことあるのというくらい、タクシーや飛行機の中で話しています。

エレベーターを降りる時にはしっかりかっこよくレディファーストでお母さんをエスコートしていたとか。

 

羽生結弦の母の口コミや評判は?


 

羽生結弦選手のお母さんの評判をSNSから拾ってみました。

否定的な口コミと肯定的な口コミと半々です。

まずは否定的な口コミから。

 


 
何となく悪意のある書き方ですね。

何事も批判するは簡単です・・

 


 
記者さんにしてみれば、嫌な母親なのでしょうね。

しかし、世界の一流アスリートといわれる人たちの多くは、親をはじめとする家族とのつながりが非常に強いです。

親の支えは本人にとっては何ものにも代えがたいものなのですね。活躍の原動力でしょう。
 


 
羽生結弦くんは最強のマザコンということでしょうか? 笑

こういう意見多いですね。

マザコンであったとしても、あれだけ努力し、能力を磨いて成長しているので構わないでしょう!
 

 
ここから、肯定的な口コミです。
 


 

謙虚なご両親は、がんばっているのは本人と言っています。

子供がやりたいと言ったことを否定しないで全力でサポートしてくれる親ってどれだけいるのですかね?

子供の自発性を伸ばしてくれて、バランスよく育ててくれた、りっぱな親だということでしょうね。
 


 

母の思いや犠牲、息子にちゃんと伝わっているということなんですね。

才能がある分、親もサポートし甲斐がありますが、半端なサポートでは対応できませんねぇー。

どうしても「犠牲」というレベルになってしまうのでしょうね。でもお母さんはそれが喜びなんだと思います。

だって、子供は母の体の一部ですから。

 


 

15歳の時でもそんなに立派だったとは知りませんでいた。

お母さんが羽生結弦くんの発言をイチイチチェックしていると批判もありますが、気遣いできる人間に母が育てているのですよ。

 


 

難しい話になっていますが、共感します。
 

羽生結弦の母のまとめ

羽生結弦選手の母の名前は、羽生由美さんといいます。

年齢は55歳前後ぐらいかと思います。

息子の将来の希望のために献身的に尽くしています。

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