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石橋静河の経歴と家族!親や姉も芸能人!女優になったきっかけやダンス留学も

石橋静河の経歴と家族!親や姉も芸能人!女優になったきっかけやダンス留学も

 



 

ダンサーで女優としても活躍中の石橋静河さんの経歴や家族についてまとめてみました。

親が俳優で有名です。でもそれがいやでずっと反発していました。

ダンス留学がきっかけで女優にも目覚めたのです。

姉とは姉妹というより親友だとか。

石橋静河さんの学歴についても調べています。

 



 

石橋静河のプロフィール

名前:石橋静河(本名)
生年月日:1994年7月8日
年齢:25歳(2020年3月現在)
出身地:東京都
身長:163㎝
体重:非公表
スリーサイズ:非公表
血液型:型 公式プロフィールにはありません!
所属事務所:Plage

 



 
2018年のNHK朝ドラ「半分、青い。」で、ヒロイン・すずめ(永野芽衣)の幼なじみ・律(佐藤健)の妻役で注目されました。

オバサマ
オバサマ
しかし、この時は教育ママで、夫の出世が大事な妻というちょっと嫌な役でしたね 笑。

結局、夫と離婚するという役でした。

 

JR東日本「行くぜ、東北」のCMでは、コミカルなダンスをみせています。

2020年4月配信開始、FOD、Amazon Prime Videoで、29年ぶりのドラマ「東京ラブストーリー」で、奔放で明るいヒロイン・赤名リカ役を演じています。

 

石橋静河はダンスで留学?コンテンポラリーダンサーなの?

 

石橋静河さんは、両親と同じ俳優になるつもりはなかったと言っています。

子供の頃は、友達の家は週末には両親が家にいるのがうらやましかったと言っています。

自分の家は、土日でも父親が仕事でいなかったり、母親が長く家を空けてロケに出ることもありました。

お父さんとお母さんが有名人ですごいと言われることも嫌でした。

大人になった今では、いろんな家庭があることもわかりましたが、子供時代は普通の家庭がいいと願っていたのです。


 

4歳でクラシックバレエをはじめ、13歳ぐらいから本気で始めました。

石橋静河さんは、15歳の時、アメリカに留学、ボストンのバレエ学校に行き、その後、カナダ・カルガリーのバレエ学校に行きました。

留学して、海外の優秀なバレエダンサーとともに、練習に励み、努力を重ねています。

 



 

18歳で日本に戻って、アルバイトをしながらコンテンポラリーダンスを続け、公演にも出演していました。

初舞台の公演は見つけられませんでしたが、女優として活躍するようになっても、ダンスも続けていて、2017年には、ラッパーの環ROY(たまきロイ)さんのMVに出演しています。

環ROYさんがインスタグラムで公開すると、

音も映像も素晴らしい!アルバム楽しみです!

このダンスとっても素敵で、やってみたい。音楽も相変わらずにかっこいい

とメッセージが寄せられています。

 

石橋静河が女優になったきっかけは?

バレエ学校に留学していた石橋静河さんですが、将来プロのダンサーとしてやっていけるか、考えた時の差は歴然としていました。

バレエダンサーの資質は、体格や骨格で決まってしまうといいます。

石橋静河さんは、アメリカでは、振付家・ジョージ・バランシンの「バランシンメソッド」を採用しているところが多いといいます。

ジョージ・バランシンは「ダンスとは可視化された音楽である」と言った人です。

そのメソッドは、顔が小さく、足が細くて長い人が身につけて成立するものであると感じていました。

 

日本人体型の石橋静河さんは限界を感じていました。

そのため、服部有吉さんというダンサーのレッスンを受けたいと、カナダのバレエ学校に移りました。

服部有吉さんは、単身でハンブルグのバレエ学校に入学し、身長を補うようなテクニックを身に着け、ヨーロッパでソリストになりました。

本当の意味で体をちゃんと動かすことができたら、バレエに限らずコンテンポラリーもヒップホップもできるよ。

演技も身体表現だよ。

顔だって体の一部なんだから片方だけ動かすとか、トレーニングすればできるようになる。

フィジカルを突き詰めるという意味で芝居を捉えれば、きっと面白いんじゃないの

この言葉でコンテンポラリーダンスに目覚め、演技にも惹かれていきました。

 



 

コンテンポラリーダンスは、自分を表現するものなので、自分の中に何もない事に気づいて、このまま1人でいても広がっていかないと感じてきました。

このまま踊り続けていても意味がないのではないかと思うようになっていきました。

芝居には脚本家がいて、監督がいて、カメラといろんな視点があるなと思っていた時に、事務所から声をかけられて、やってみようと思いました。

自分の生まれ育った環境とは違うところで、偏見持たずにお芝居の楽しさを知ることができたことはよかったと言っています。

ダンスを豊かにするために始めたお芝居でした。

2015年、9月・ROGO「銀河鉄道の夜 2015」が女優としてのデビューでした。


 

石橋静河の受賞作品は?

2017年、23歳の時、映画「夜空はいつも最高密度の青色だ」(監督・石井裕也)で、数々の賞を受賞しています。

最果タヒ(さいはて・たひ)さんの詩集が原作です。

石橋静河さん演じる美香は、看護師として働きながら夜はガールズバーに勤めています。

池松壮亮さん演じる慎二は、日雇いで工事現場で働いています。

排他的な都会の片隅で、居心地の悪さを感じていた2人が、偶然出会います。

都会で生きる若者たちの孤独や恋愛を、セリフで詩を引用しながら、心情をリアルに描いています。

 

第30回東京国際映画祭 東京ジェムストーン賞

第9回 TAMA映画賞 最優秀新進女優賞(『PARKS パークス』『密使と番人』も受賞対象)

第41回山路ふみ子映画賞 新人女優賞

第39回ヨコハマ映画祭 最優秀新人賞

第32回高崎映画祭 最優秀新人女優賞

第91回キネマ旬報ベスト・テン 新人女優賞(『PARKS パークス』も受賞対象)

第60回ブルーリボン賞 新人賞

おおさかシネマフェスティバル2018 新人女優賞

第15回シネマ夢倶楽部 推薦委員特別賞

第27回日本映画批評家大賞 新人女優賞 小森和子賞

 



 
本当にたくさんの賞を受賞しています。

2018年24歳の時「きみの鳥はうたえる」(監督・三宅唱)で
第28回日本映画批評家大賞 主演女優賞を受賞しています。

 

「きみの鳥はうたえる」は、佐藤泰志の同名小説が原作です。

柄本佑さん、染谷将太さん、との共演で、舞台を函館に移して描いています。

 

石橋静河の子供時代の性格は?

石橋静河さん、子供の頃は、笑っているか怒っているかどっちかだったと、親に言われていたと言っています。

極端な性格だったということです。

石橋静河さんは3人目の子供だったので、少々泣いたぐらいでは誰も来てくれなくて、ものすごく泣き叫んだ時、やっと来てくれたとか。

そんな記憶が、ぼんやりと、石橋静河さんにもあるといいます。

舞台のために肺が強くなってよかったかなと、笑いながら話しています。

 

忙しかった両親でしたが、誕生日や卒業式はいつも祝ってくれて、時間が遅くなってもちゃんとご飯を作ってくれていました。

普通をちゃんと作ってくれていたというのです。

今になって考えると、それは特別なことだとわかります。

オバサマ
オバサマ
自分も同じ仕事をするようになってわかったのですね。

2018年の映画「きみの鳥はうたえる」で日本映画批評家大賞の主演女優賞を受賞した時の授賞式で、石橋静河さんは話しています。

受賞式は、2019年5月30日に行われました。

私は気難しい、手のかかる子どもでした。喜びを分かち合いながら、ちゃんと仕事ができるまでに育ててくれた両親に感謝したい

 



 

石橋静河の学歴:幼稚園から大学まで

石橋静河さんの母校については情報がありませんでした。

15歳で留学しているので、中学校までが日本の学校に行っていたかと思います。

18歳で帰国した後は、コンテンポラリーダンサー、女優として活躍していますので、大学には行っていません。

Twitterで、2015年9月、同級生という人が、石橋静河さんの舞台を観に行くと言っています。

この人は大学生のようです。

先生も行くという話をしているので、大学の先生か、小学校の時の先生と行くのでしょう。

私立の学校で、小学校から大学まで系列校なのかもしれません。

例えば、有名人の子供が多い、成城学園、玉川学園などが考えられます。

 

石橋静河さんは、アメリカ・ボストンのボストンバレエスクールから、カナダ・カルガリーのアルベルタ・バレエスクールに変わっています。

アルベルタ・バレエスクールには、付属の高校もあるということなので、その学校に行っていたと思われます。

留学生向けに英語の教育も充実しているといいます。

 

父親は誰?エピソードは?

 

石橋静河さんの父親は俳優の石橋凌さんです。

石橋凌さんは、1956年7月20日生まれの63歳(2020年3月現在)です。

1978年ロックバンド・ARBのヴォーカルとしてデビューしました。

戦争や労働者をテーマにした曲も多くあり、社会派バンドと呼ばれました。

 

1985年、交流のあった松田優作さんの監督する映画「ア・ホーマンス」で俳優としての活動を開始しました。

 

この作品でキネマ旬報新人俳優賞を受賞しました。

1990年、尊敬していた松田優作さんが病気で亡くなったことから、ARBを解散して、俳優に専念しました。

1997年にARBは再結成しましたが、2006年に石橋凌さんが脱退し、ARBは活動を休止しました。

代表作は、映画「キッズリターン」「ブラザー」ドラマ「武田信玄」「あしたがあるから」「眠れる森」「ハルとナツ届かなかった手紙」などがあります。

以前は怖い役が多かったのですが、最近は、刑事や検事ほか、いろんな役を演じています。

 

母親がいない時に、父親がお弁当を作ってくれることもあったといいます。

石橋凌さんがお弁当を作っている様子は想像できませんね。

両親のことがプレッシャーではないかときかれた時、以前は、両親のことになると話を逸らしていたけれど、最近は変わったということです。

役者、表現者として両親を見た時に、すてきだなと思うようになりました。

両親を否定してしまうと、自分の体を全て否定しているように感じました。

自分の中で違和感を感じ、否定することをやめた時に、1番自分らしく、ちゃんと伝えられるようになると感じ始めていると言っています。

両親を、役者として尊敬しているのでしょう。

家族についても、インタビューで話いています。

自由に好きなことをやらせてくれ、反対されたことがないといいます。

そんな家族って素敵ですね。

 

母親は誰?エピソードは?

 

石橋静河さんの母親は、女優の原田美枝子さんです。

原田美枝子さんは、1958年12月26日生まれの61歳(2020年3月現在)です。

1974年、高校1年生の時、映画「恋は緑の風の中」のヒロインとしてデビューしました。

 

10代で映画賞の主演女優賞を受賞するなど、演技力が高く、評価されています。

代表作は、映画「大地の子守歌」「火宅の人」「愛を乞うひと」「雨あがる」ドラマ「北の国から」「太平記」「華麗なる一族」「あいくるしい」「俺の話は長い」他があります。

最近では、お母さん役のイメージですね。

 



 

石橋静河さんの母親・原田美枝子さんは、2019年自身の母で、静河さんの祖母、原田ヒサ子さん(89歳)の女優デビュー作を監督しました。

映画はドキュメンタリーで題名は「女優 原田フサ子」です。

映画の撮影は原田美枝子さんがiPhoneで撮り、パソコンで編集しています。

孫たちの子育ても手伝ってくれた原田ヒサ子さんは、認知症がすすみ、入退院を繰り返していました。

そんな時、娘・原田美枝子さんの人生を自分のものに同化させて、「自分は15歳から女優をしている」と言うようになったのです。

原田美枝子さんは、母の姿をすこしでも撮影して映画を撮れば、女優をしているという妄想が現実になると思い、制作を決めました。

3人の子供たちも参加して、祖母の女優デビュー作品、母親の監督デビュー作品を支えました。

原田美枝子さんは、助監督を務めた娘・石橋静河さんのカチンコを打つ姿に成長を感じたといいます。

石橋静河さんがカチンコを打つときは「お顔の前で失礼します」と祖母に伝えてから上手に打つのです。いきなり大きい音を出すと祖母がびっくりするので、そうならない配慮が出来ているのです。

 

そして静河さんが打つカチンコの音がとても良いとのこと。現場での体験の積み重ねが生きているなと母親として感慨深かったとのことです。

ちなみに、原田美枝子さん、このインタビューでは、娘をさん付け「静河さん」と呼んでいます。

素敵なことと感じました。

この映画は山形ムービーフェスティバルで上映されました。

原田美枝子さんは、母親の舞台挨拶の実現も考えています。

とても素晴らしい話ですね。

 

姉は誰?シンガーソングライター?

石橋静河さんの姉は、シンガーソングライターの優河(ゆうが)さんです。

1992年2月2日生まれの28歳(2020年3月現在)です。

2011年からシンガーソングライターとして活動しています。

2019年公開の映画「長いお別れ」の主題歌も歌っています。

2017年に「ユニクロ」のCMで共演しています。

2020年4月7日~4月26日、唯月ふうかさんとWキャストで、東京芸術劇場プレイハウスで、 ミュージカル『VIOLET』に主演することが決定しています。

石橋静河さんと姉は、中学生ぐらいまでは、毎日のようにケンカばかりしていました。

しかし、留学で離ればなれになったことで、お互いの大切さに気づき、姉妹というより親友の関係になったそうです。


 

ホームシックにかかった妹のために、小さな写真を貼ってアルバムを作ってくれて、石橋静河さんはそれを観ながら泣いていました。

姉は誰にでも心を開いていて、ライブ後のお客さんたちがみんな笑顔になっていてすごいと言っています。

石橋静河さんは自分の心に素直に生きていないと感じる時があります。それが重なってくると、心が濁ってくるように思え、女優の仕事にも影響していると感じています。

そんな時に姉の存在が大きいといいます。姉の歌を聴いたり会ったりすることで、心がほぐされて楽に生きられるようになるそうです。

石橋静河さんにとって、姉の優河さんは、何も言わなくても分かり合える「唯一無二の存在」なのです。

また女優の仕事をするか迷っていた時、姉は賛成してくれ、それ以来、応援してくれています。

 



 

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