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ク・ハラ(KARA)のプロフィール!生い立ちが壮絶だった?


 


 

元・KARAのク・ハラさんのプロフィールと壮絶だったといわれる生い立ちについて調べました。

2010年、日本でのK-ポップ・アイドルグループ・ブームのきっかけを作ったといわれるKARA。

2011年には、紅白歌合戦にも出場し、韓国の安室奈美恵とまで言われ、人気者でした。

KARAは2016年1月15日、メンバーの契約解除により事実上の解散となりました。

2019年11月24日、自宅で亡くなっているのが発見されました。28歳という若さでした。

 

KARAとはどういうグループ?

KARAは、どんなグループなのかみてみましょう。

グループの結成から解散までの流れは?メンバーのことも


 

90年代後半に、韓国の芸能事務所「DSPメディア」が新しいガールズグループを結成するためのプロジェクトをはじめ、2007年に、ギュリ、スンヨン、ソンヒ、ニコルの4人で結成されました。

「KARA」という名前は「甘いメロディー」を意味する韓国語、「喜び」を意味するギリシャ語をあわせ、「音楽を通じて喜びを伝えたい」という思いでつけられました。

2007年3月29日に、アルバム「the First Bloooooming」でデビューしました。


 

2008年2月に、リードボーカルのソンヒが体調不良で脱退、7月にハラ・ジヨンが加入しました。

歌唱力やパフォーマンスは、良くない評価を受けることも多くありましたが、危なっかしくもがんばっている姿を応援したいというファンが増えていきました。

健康的なイメージから、大胆に露出多めな衣装に変えてイメージチェンジをし、大きな反響がありました。

2010年、ヒップダンスが人気の「Mr.」が大ヒットし、国民的グループになりました。

 



 

そんな中で、ソロ活動を希望するニコルと、契約期間満了のジヨンが続けて脱退します。

練習生だったヨンジがメンバーとなりました。

2010年2月のイベントで日本での活動を開始し、8月11日日本語版「ミスター」で日本デビューしています。


 

オリコン年間ランキングの新人部門で1位となる大人気でした。

2011年には、紅白歌合戦にも出場しました。

2016年1月に、ギュリ、スンヨン、ハラの3人が契約期間満了で、正式な発表はしていませんが、実質解散となっています。

 

ブレイクとヒット曲は?

2009年3月、「Honey」が初めて韓国の歌番組で1位となりました。


 

8月、「Wanna」「Mr.」の大ヒットでブレイクし、トップアイドルとなりました。

ヒット曲は下記のとおりです。

2010年「LUPIN」「Umbrella」「Jumping」
2011年「STEP」 
2012年「Pandora」
2013年「Damaged Lady」
2014年「マンマミーア!」
2015年「THE SHOW」

 

 

日本では、2010年8月に「ミスター」でデビュー。

ヒップダンスが話題となり、大ヒットしました。

「ミスター」はオリコン最高位5位、続く「ジャンピン」も5位でした。

2011年4月「ジェットコースターラブ」は初動(発売1週目)売り上げ122,820枚で最高位1位、

6月発売の「GO GO サマー!」も初動113,873枚で最高位2位でした。

その後8枚のシングルすべてベスト10入りしています。
 



 

ギャラをめぐるスキャンダルや裁判とは?

2010年、韓国では、若い芸能人の肌の露出が問題になり、

「韓国芸能界における未成年者(19歳未満)の過激な(性的)露出」が国会でも問題視されました。

韓国の公正取引委員会は2011年6月17日に、「標準専属契約書」を改正しました。

「芸能事務所が未成年の芸能人に過度な露出をさせることを禁止」して、学校に通うことや休みの保証が入れられました。

 

 

2011年1月19日、KARAのメンバー、スンヨン・ニコル・ジヨンの3人は、2010年1月から6月の1人当たりの報酬が月14ウォン(約1万円)だったことを不服として、所属事務所に契約解除を申し出たのでした。

その後、落ち着いたように見えたのですが、2月14日、正式にソウル中央地裁に訴訟を起こしました。

所属事務所から、メンバーには、収益と活動費について、利益操作して伝えられていたとも指摘しています。

4月28日、所属事務所は問題は解決したと報告しましたが、ニコルとジヨンは契約満了で脱退しています。

KARAの所属事務所が「インターネットの日本語サイト上に拡散している漫画『K-POPブーム捏造説を追え!』が事実でない悪意のある描写をして名誉毀損だと訴えると表明していました。

 

ク・ハラのプロフィールは?

ク・ハラさんのプロフィールを紹介します。

プロフィールは?

名前:ク・ハラ
ハングル表記:구하라
愛称:ハラちゃん、クサインボルト、ハラク
生年月日:1991年1月13日
年齢:28歳(2019年11月現在)
出身地:大韓民国広州直轄市(大韓民国広州広域市)
身長:163㎝
血液型:B型
所属事務所(日本)プロダクション尾木
所属事務所(韓国)DSPメディア(KARA時代) キーイースト(2016-2019年1月)
趣味:写真撮影、読書、ジム(運動)
特技:車の運転

 

デビューのきっかけは?

2008年にメンバーだったソンヒの脱退を受けて行われたオーディションに合格しました。

2008年発表の「Rock U」から、ジヨンとともに、活動しました。

人気ナンバーワンだった?

ク・ハラさんは、人気ナンバーワンと言われていました。

ルックス担当とされるほどの美しさと、謙虚で礼儀正しいところが人気でした。

休止後の活動は?日本でもソロデビュー?


 

2019年6月、ク・ハラさんは、プロダクション尾木と契約、日本を拠点としてソロ活動を行うことになりました。

その前の5月26日には、自宅で意識不明で見つかっています。

命に別状はなく、未遂だったのです。

「大変なのに大変じゃないふり、つらいのにつらくないふり」

「そうやって生きて来たら、表面は大丈夫そうに見えるのに、中はぼろぼろに壊れている」とインスタグラムに書き込んでいます。

 



 

韓国では、大手のプロダクションに所属しましたが、思うような活躍はできずにいました。

また、韓国は自ら命をたつ人が多く、それを許容する雰囲気があると問題視されています。

マネージャーがSOSを見逃さなかったことが良かったと言われました。

 

整形を公表した?いつ?整形部位は?

2015年6月、韓国のバラエティー番組で、ク・ハラさんは、プチ整形を告白しました。

「(整形)手術ではなく、レーザーやボトックスなど皮膚科で施術をこまめに受けている」

「今回のカムバックのために、フェイスラインに筋肉注射も1本ずつ打った」

と公表したのですが、ファンからは支持する声が上がっています。
 

 

整形大国と言われている韓国ですが、それでも、アイドルが告白することはありません。

ごまかさず話したことが支持されたのでしょう。

2019年のテレ東音楽祭のク・ハラさん、視聴者は、顔が変わったと感じていました。

目は整形ではなく眼瞼下垂の手術を受けただけと話しています。

※眼瞼下垂とは、まぶたが垂れ下がってくる病気で、視野が狭くなります。

ハードコンタクトレンズ使用者に多いという話もあります。

輪郭は以前に告白しているボトックス、鼻筋は化粧ということでしょうか。

親日家だった?東日本大震災で寄付?


 

ク・ハラさんは、親日家です。

2011年の東日本大震災の際は、1億ウォン(約720万円)を寄付しています。

韓国社会福祉法人の社会福祉共同募金会に寄託しています。

運動神経が抜群?足が速い?

ク・ハラさんのクサインボルトというニックネームは、足の速さから、ウサイン・ボルト選手に引っ掛けてつけられたのです。

韓国で行われた、アイドルの100m走で、ぶっちぎりの1位だったとか。

清楚で可憐なイメージとのギャップに多くの人が驚きました。

 



 

ウエスト51㎝?スタイル抜群の理由は乗馬とピラティス?

ク・ハラさんは、乗馬とピラティスを続けていました。

乗馬は1年ぐらいやめていた期間もあったということですが、脊髄、骨盤の矯正にもなるといいます。

ピラティスと両方続けて、ウエスト51㎝という抜群のスタイル維持につながっていたようです。

 

 

日本にいる時など、乗馬ができないときは、ホテルのジムで運動していました。

激しいパフォーマンスをするク・ハラさんは、タンパク質はもちろん、炭水化物もしっかりとっていました。

エネルギー源ですからね。

 

半年に1回はクリニックに行き、血液検査で足りない栄養素を調べてもらって、

処方されたサプリメントを摂ることで、サプリメントの摂りすぎを防いでいました。

暴力事件?元彼に脅されて土下座?

2018年9月13日、元彼に暴力をふるったと、警察から出頭命令が出されました。

ク・ハラさんが警察に出頭する様子が放送され、ファンは騒然となりました。

 

元彼は、美容師のチェ・ジョンボムさん、なかなかのイケメンです。

しかし、真相は元彼が泥酔して帰った深夜、寝ているク・ハラさんをけったことから口論に発展。

元彼はひどい悪口を言ったり、髪をつかんだり、空気清浄機を投げるなどしました。

 

そんな中、ク・ハラさんも、元彼をひっかいたのだといいます。

ケンカということで、ク・ハラさんも、全身にあざができていました。
 

 

また、元彼はいわゆるリベンジのため、2人の親密な動画を暴露するとおどしたのですね。

人に見られたくない男女関係の動画を、マスコミに送ってク・ハラさんの芸能生命を終わらせると脅かしたのです。

そんなことをされたら大変ですね。

やめてほしいと土下座するクハラさんの姿が、エレベーターの防犯カメラに映っていました。

2019年1月、ク・ハラさんは起訴猶予、元彼は在宅起訴となりました。

2019年8月、元彼は懲役1年6か月、執行猶予3年の判決を受けています。
 



 

うつ病になった?

ク・ハラさんは、2019年5月の自殺未遂後、うつ病を患っていると報道されました。

元彼との訴訟や、仕事がうまくいかない悩みの上に、日韓関係悪化により、親日であるク・ハラさんへのバッシングも多くありました。

ク・ハラさんは、2019年6月17日、インスタグラムのストーリーを使ってメッセージを投稿しています。

「うつ病は生易しいものじゃない」

「気楽だからうつ病だって?頑張って働いたからこそ得た私の努力です」

ネットでの誹謗中傷に対して「対抗措置をとります。善処はしません」と強い言葉で対応しています。

うつ病の人を攻撃するなんて、考えられませんが・・

ネットだと身元がバレないと思って、面白がって調子にのったのでしょうね。
 

 

2019年11月24日午後6時過ぎにソウル市内の自宅で、遺体で発見されました。

2019年11月13日に新曲「Midnight Queen」を発売し、11月14~19日に、4都市6公演の日本ツアーを行ったばかりでした。

現在は日本在住でしたが、ツアー終了後、用事があるからと、韓国に帰っていたということです。

 

遺書らしきものが見つかったということですが、内容は公表されていません。

日本の関係者は、明るさを取り戻していたのにと、信じられない様子で、ショックを受けています。

うつ病は、一番つらい時よりも、治りかけていた頃が危険だと聞いたことがあります。

正にそのとおりりだったのかもしれません。
 

 

2019年10月14日、女性アイドルグループf(x)の元メンバーで歌手のソルリさんが自らの意志でこの世を去っています。

ク・ハラさんに一緒に暮らす家族がいたら違ったのではないかと思ってしまいます。

ウェルテル効果もあったのかもしれません。

※ウェルテル効果とは、著名人などの自死報道に影響され、後追いする人が増える現象。
由来は、ゲーテの「若きウェルテルの悩み」に登場する主人公ウェルテルの名前から来ています。

最後のインスタグラムの投稿は「おやすみなさい」でした。

きっと疲れ果て、何もかも忘れて、永い眠りにつきたかったのでしょうね。

 



 

ク・ハラの生い立ちが壮絶だった?親に捨てられた?

ク・ハラさんさんの生い立ちは壮絶で、親に捨てられたというのです。

親に捨てられた?祖母が親?


 

ク・ハラさんの両親は、ク・ハラさんが7歳の時に離婚しています。

家族はバラバラになり、ク・ハラさんは親戚に冷たくされ、引き取り手がなく、結局は祖母に育てられました。

祖母は、ク・ハラさんを「子犬ちゃん」と呼んで可愛がっていました。

そして、たっぷりの愛情で育ててくれました。

しかし、その祖母も、2011年の1月に亡くなってしまいました。

 

高校時代、先輩女子に殴られて顔が変形?

ク・ハラさんは、高校時代、先輩女子に、顔が変形するほど殴られるという事件が起こっています。

あの、美しさ、愛らしさに、学校の人気者である男子が、ク・ハラさんを好きになったことが原因でした。

そのことをねたんで、暴力に出たのです。

女の子が、殴るなんて信じられないですね。

ク・ハラの性格は?座右の銘は?


 

ク・ハラさんのは、誰にでも優しくて、謙虚で、礼儀正しい人でした。

ク・ハラさんの座右の銘は、「なせばなる」です。

努力を惜しまず、負けず嫌いで向上心の強い性格、過去への反骨精神の表れでしょう。

「いつも謙虚で懸命な人であれ。価値のある人生を生きなさい」

祖母にいつも言われていた言葉です。

この言葉を胸に、がんばってきました。

まとめ

ク・ハラさんは、韓国出身、1991年1月13日生まれの28歳でした。

両親は7才の時に離婚し、親戚をたらいまわしにされました。

しかし、祖母に愛情深く育てられました。

 



 

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