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坂本九の娘2人は今?職業や年齢は?結婚して子供はいる?画像も!


 


 

坂本九さんの愛娘さん二人の現在について調べてみました。

1985年の8月12日、日航機事故で亡くなった坂本九さんです。

当時まだ小学生だった娘さんは34年経った今どうしているのでしょうか。

坂本九さんの娘さんの職業、年齢、結婚や子供についてみていきましょう。

坂本九の娘2人は誰?職業や結婚、子供はいるの?画像も

坂本九さんの長女は、大島花子さんです。歌手・シンガーソングライターとして活動しています。

大島花子さんは、1973年10月7日生まれの45歳(2019年8月現在)で、2006年12月にブラジリアン柔道場を主催する一般男性と結婚しました。

2009年2月に長男玲くんを出産し、親子コンサートや被災地支援コンサートなどを行っています。

自身の体験(11歳で父親を亡くした)から、グリーフケア(身近な大切な人と死別した人が、悲しみから立ち直れるようそばにいて支援すること)について学ぶようになりました。

「concert for grief」(コンサートフォーグリーフ)というコンサートを年2回開催し、音楽で悲しみを抱えた人たちへのサポートを行っています。

↑ 左から、長女の大島花子さん、坂本九さんの等身大の写真、妻の柏木由紀子さん、次女の舞坂ゆき子さん。

 

坂本九さんの二女は、舞坂ゆき子さんです。舞浜ゆき子さんの本名は大島舞子さんです。

元宝塚歌劇団で活躍し、現在は、歌手・女優の仕事をしています。

1976年11月10日生まれの42歳(2019年8月現在)で、2013年11月、1歳年下の一般男性と結婚しました。

2015年8月23日に長男を出産しました。

舞坂ゆき子さんは、ドッグセラピストの資格を持っていて、それを生かして、ドッグウエアブランドのchu💛cheも運営しています。

 

長女の大島花子さんはお父さんの坂本九さん似、次女の舞坂ゆき子さんはお母さんの柏木由紀子さん似ですね。

 


 

坂本九のプロフィールや結婚について

坂本九さんのプロフィール

名前:坂本九 本名:大島九(おおしま・ひさし)
生年月日:1941年12月10日
享年:43歳没(1985年8月12日)
出身地:神奈川県川崎市

9人兄弟の末っ子に生まれて、九という名前になりました。

坂本九さんが高校生の時に両親が離婚し、母親に引き取られたため、大島姓になりました。

芸名の坂本は父方の姓です。

 

エルビスプレスリーにあこがれて歌い始めました。1958年12月ダニー飯田とパラダイスキングの加入しました。

アメリカンポップスを歌って、茶の間のアイドルとなり、テレビ、ラジオ、映画、ステージで活躍しています。


 

NHKの歌番組「夢で逢いましょう」で歌った「上を向いて歩こう」が大ヒットしました。

「スキヤキ・ソング」として世界で発売され、1963年、アメリカ・ビルボード誌、キャッシュボックス誌で、ともに1位を獲得しています。

 

ミュージカル「見上げてごらん夜の星を」やブロードウェイミュージカルにも出演、多くのチャリティに参加し、子供から大人まで親しまれました。

坂本九と柏木由紀子の出会いと結婚

 

1970年、坂本九さんは、仕事の休憩時間に出会った女優の柏木由紀子さんに一目ぼれしました。坂本九さん28歳、柏木由紀子さん22歳の時です。

坂本九さんは、名前と電話番号を書いた紙を柏木由紀子さんに渡しましたが、1年間、電話はありませんでした。

柏木由紀子さんは、用事もないのに電話できないと思っていました。

 


 

約1年後、柏木由紀子さんはお母さんと、大阪で坂本九さんが公演をしていた「梅田コマ劇場の」の前を通りかかりました。

その時、母親が「陣中見舞いに行ったら」と声をかけ、公演会に行ったとき、もう一度、電話番号を渡されたのです。

それでも柏木由紀子さんは坂本九さんに電話しなかったのですね。

 

今度は、どこからか柏木由紀子の電話番号を聞いた坂本九さんから電話がありました。

こうして、交際が始まり、1971年12月に2人は結婚しました。

柏木由紀子さんの母親は、坂本九さんに好感を持っていたのでしょうね。だから、陣中見舞いを勧めたのでしょう。キューピッドはお母さんですね。

 

坂本九の死因や遺書について

その後、2人の娘にも恵まれ、幸せな生活を送っていました。優しい人柄と、あたたかい歌で、仕事も順調でした。

ところが、1985年8月12日、日本航空123便事故に合い、還らぬ人になりました。

 

坂本九さんは、いつもは全日空機を利用していましたが、お盆の帰省で全日空が満席だっため、日航機を利用しました。

そのため、家族は事故機に乗っているとは思っていなかったのです。乗客名簿にマネージャーとともに名前があり、事故にあったことはまぎれもない事実だとわかりました。

坂本九さんが機内に持ち込んでいたカバンが発見され、録音機能付きのウォークマンが見つかりました。

家族は、遺言が入っているのではないかと思いましたが、入っていたのは当時好きだった曲「We are the world」でした。

犠牲者の残した遺書が複数発見されていたことから、もしかしたら坂本九さんも、と思ったのでしょう。

遺書がなかったこと、なんだかちょっと悲しいお話ですね。

 

事故から4日後に遺体は確認されました。即死状態だったそうです。

坂本九さんが出演し、収録済みだった番組は、テロップで哀悼の意を示し、収録日を伝え、元気な姿を放送しました。

「夜のヒットスタジオ」では、森進一さんが自分の曲を歌うのをやめて、坂本九さんの「見上げてごらん夜の星を」を涙ながらに歌い、出演者、スタッフ、テレビで見ていた一般の人達も、涙を流していました。

1985年8月12日、休みで実家に帰ってきていたオバサマも、テレビに流れたニュース速報の衝撃を覚えています。

坂本九の娘の事故当時のこと

坂本九さんの長女、大島花子さんは当時小学校6年生で11歳でした。知人の家に預けられていて、気づいたらお葬式だったと言っています。

母親から父親が亡くなったことを聞くよりも前に、「坂本九 死す」と週刊誌の見出しに書いてあったのを見て知りました。

あまりにもショックな出来事だったので、受け入れることができず、「お父さんは、海外に行っている」と思うようにしていたそうです。

そう思わないと心のバランスが崩れて、生きて行けなかったとのことです。その時から、大島花子さんは「感情のスイッチをオフにして」生きて来たとのことです。

現実は悲しく恐ろしすぎて、到底受け入れることはできなかったのですね。

 



 

父、坂本九さんとのたくさんの思い出の中で、1番きらきら輝いているというのが、事故前日のことです。

父がたまたま家にいたんです。

1日一緒だったかは記憶にないんですが、普通に暑くて、甲子園やってて、

母がかき氷を作ってくれて・・・なぜか炎天下の中、庭掃除をしている。

そういう何気ない日常が大事で、今生きていることがどれだけ輝いているかを伝えるために、大島花子さんは歌っていると言います。

二女の舞坂ゆき子さんは、当時8歳、小学校3年生でした。

2016年8月12日のブログに書いています。

汗まみれで、手で顔を覆って泣きじゃくっていたと。

何年たっても悲しみは癒えないと。

2012年8月のブログには、ここ数年、大島家を代表して、御巣鷹山(墜落場所)へ登山していると書いています。

姉の大島花子さんは辛くて行けないと話していました。

 

坂本九が乗った日航機事故の原因は?

この事故の原因は、ボーイング社の修理ミスが原因とされています。

後部圧力隔壁が飛行中に壊れ、垂直尾翼と補助動力装置が落ちたのです。油圧操縦システムも全てなくなりしました。

そのため、完全に操縦不能になり、迷走飛行をした後、最後には群馬県多野郡上野村の高天原山の尾根(御巣鷹の尾根)に、墜落しました。

 

迷走飛行していた時間は、30分ぐらいだったということで、どれだけの恐怖だったのかと想像します。

乗員乗客524名のうち、520名が死亡しました。

4名が助かったことが幸いといっていいのか。でも全員亡くなったというよりはずっといいですね。

坂本九が乗った日航機事故の真相は別にある?

ところで、真相は違うともいわれています。

自衛隊が訓練中に飛ばしていた標的機が操縦不能になり行方不明になりました。それが近くを飛んでいた日航123便にぶつかったというものです。

 

その後、自衛隊の不祥事を隠すために、当時の中曽根首相の命令で、自衛隊が生存者の後始末をし、証拠を隠滅したというものです。

助かった4名は自衛隊が包囲していた範囲の外に落下したことから、村の救出隊に救い出され、命拾いしたのだというものです。

↓ 日本航空の元客室乗務員による仲間の無念をはらすための調査結果を記した著作


 

また、小田周二著『524人の命乞い 日航123便乗客乗員怪死の謎』は、遺族のかたの執念の真相究明の結晶といえる本です。

 


 

坂本九さんの不慮の死は、日本の音楽界・芸能界にとって大きな損失と言われています。坂本九さんのような歌手は他にいません。

アメリカンポップスを歌ってきていながら、歌謡曲や演歌とも違う、日本人の心に響く歌を歌っていました。

永六輔作詞、中村八大作曲で、坂本九さんが歌う、六八九トリオと呼ばれていました。

坂本九の遺作は?

遺作となったのは、「心の瞳」でした。現在では、合唱曲として、中学生が歌っています。

オバサマも、中学生の文化祭の合唱コンクールで聞いて知っていて、坂本九さんの曲とは知りませんでした。

作詞作曲は、ヒットメーカーの荒木とよひささん、三木たかしさんです。

長年連れ添った夫婦と家族の歌だと、長女の大島花子さんが言っています。父が新曲を持ち帰ったのは初めてで、家族みんなで聞いて楽しい時間を過ごたと思い出を話しています。

たまたまラジオで聞いた中学校教師が、この曲には不思議な力があるから子供達に歌わせたいと、合唱用に編曲しました。

卒業式でも歌われ、録音していた保護者の1人が、柏木由紀子さんにテープを送りました。

そこから、広まっていき、音楽の教科書にも載るようになり、広く中学生に歌われるようになりました。


 

2004年、坂本九さんの妻・柏木由紀子さん、長女・大島花子さん、二女・舞坂ゆき子さんは、「mama et ses filles」(ママ・エ・セフィーユ)として、「心の瞳」を発売しています。

2006年から毎年行っているクリスマスコンサートでは、坂本九さんの歌声に妻と娘たちのコーラスを重ねています。

2017年12月には、この家族のコーラス入りの「心の瞳」が発売されました。

坂本九の娘のまとめ

坂本九さんの長女の大島花子さんは45歳で、歌手・シンガーソングライターです。

音楽でのグリーフケアも行っています。2006年に結婚し、10歳の男の母です。

二女の舞坂ゆき子さんは、元タカラジェンヌで、現在は歌手・女優です。

ドッグセラピストの資格を持っていて、ドッグウエアのブランドも作っています。

2013年に結婚し、4歳の男の子の母です。



 

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