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菅田将暉の父親は何者?有名人なの?職業や学歴を調べてみた!


俳優の菅田将暉(すだ・まさき)くんの父親がテレビに出演したりしていますが、いったい何者なのでしょうか。

菅田将暉は2008年、ジュノン・スーパーボーイ・コンテストの最終審査に残ったことがきっかけで芸能界入りします。

翌年、最年少で「仮面ライダー」シリーズの主役にオーディションで選ばれ、俳優デビューしました。

現在まで大活躍中の菅田将暉くんの父親の名前や職業、大学などの学歴についてもみてみましょう。

菅田将暉の父の名前や出身は?

菅田将暉くんの父親は、菅生新(すごう・あらた)さんといい、高知県出身です。

ちなみに菅田将暉くんは芸名で、本名は菅生大将(すごう・たいしょう)くんです。

菅田将暉くんの祖父母、お父さんの両親は、お父さんが小学校5年生の時、離婚しました。祖父の不倫が原因でした。

修羅場になり、裁判に持ち込まれましたが、定職についていない祖母の親権は認められず、菅田将暉くんの父親と当時小学校2年生だった父の弟の親権は、祖父が持つことになり、祖父と暮らし始めます。

離婚後、祖父が不倫相手と一緒になったのかはわかりませんが、もし再婚したとすれば、継母と暮らすのは辛かったでしょう。

 

3か月後に、お父さんは、母親に会いたくて、弟の手を引いて家出。結局、母と弟の3人での生活が始まりました。

親権は父親にあるけれど、息子二人の気持ちは母親にあったのですね。

母親は、たい焼き屋さんで働き、菅田将暉くんのお父さんは、小学校6年生から、新聞配達をして家計を助けたのです。

母子家庭で、生活は大変でした。机もランドセルも買えないほどの貧しい暮らしだったそうです。

父親は息子二人の養育費を払うことはなかったのですね。自分を捨てて母親のところに逃げた息子に腹を立てたのかも・・

2人の息子を父親1人で育てるのも大変ですが、子供にとっても、継母と一緒に暮らすというのもつらいと思います。

離婚して、母の実家で、祖父母に大事に育てられた子供が、立派に育っているケースをたくさん知っています。

でも、父親に引き取られ、母のいない子供は、とても寂しそうに感じました。祖父母と一緒でない子が多かったかもしれませんが。

小さい頃は、母親の愛情って大きいんだなと思います。



 

菅田将暉の父の学歴は?出身大学は?

菅田将暉君の父親は、同志社大学法学部を卒業しています。

 

菅田将暉くんのお父さんは優秀でした。しかし、高校入試の際、第1志望の高校は不合格でした。

そのため、音信不通になっていた父に学費を出してもらって、大阪の私立清風南海学園高校に入学しました。

私立清風南海学園高校は、現在の偏差値74の超難関校、進学校です。

しかし、菅田将暉くんのお父さんは、入学後、燃え尽きてしまったのか、高校での成績はあまり良くありませんでした。

そうはいっても、同志社大学に入学したのですから、普通に考えたら、立派です。

お父さんは、大学時代は、役者の仕事をしていました。時代劇の「水戸黄門」「大奥」にも出演していたとか。

同志社大学は京都にあるので、太秦映画村のある東映京都撮影所で仕事をしていたのでしょう。

学費や生活費のための、アルバイト感覚だったんだと思います。

でも、そのことは菅田将暉くんが俳優になるとこと関係しているかもしれません。

菅田将暉の父の職業や職歴は?

菅田将暉くんの父親は、同志社大学法学部卒業後、藤沢薬品に就職しました。

1990年、30才で結婚し、SMI(サクセス・モチベーション・インスティチュート)の代理店として独立しました。

SMIは、モチベーションアップ・自己啓発プログラム、能力開発プログラムです。そのSMIで、お父さんは、優秀な成績を収めていました



 

現在は、経営コンサルタントとして会社を経営し、数々の企業を担当しています。主にベンチャー企業を指導したり、講演も行っています。

「菅生新のサクセスファイター」「菅生新のビジネスハンター」というテレビ番組も制作しました。

本の出版もしています。

2017年には、

・「成功した起業家は、なぜモチベーションんを持ち続けられるのか」

・「スゴー家の人々~自叙伝的 子育て奮闘記~」

2018年には

・「成功する人はなぜ「やる気」を持ち続けられるのか?」を出版しています。

大阪市立大学の非常勤講師や、テレビのコメンテーターなども勤めています。

菅田将暉の父のしつけや育て方がユニーク?

菅田将暉くんの父親のしつけや、育て方がユニークだと話題になっています。

菅田将暉くんの父方の祖父母は、父が小学校5年生で離婚、それも祖父の不倫が原因でしたから、お父さんにとって、父親という存在に対するイメージは良くなかったのです。

お父さんは、自分が父親になった時、自分が欲しいと思うような父親になろうと思ったと、2017年の12月に、女性セブンのインタビューに答えています。



 

その父親とは、

仕事も家庭も全力投球してくれる人だろう、と。

だからこそ、私は子供を理解し、子供を尊重し、子供の将来を豊かなものにするために全力を尽くそうと決めました。

自分の父親がいいイメージではなかったからこそ、子供を理解し、尊重し、将来を豊かにという思いがあふれるのですね。

 

菅田将暉くんの父親は、3人の子供を、自宅出産で、自分が取り上げたのだそうです。

長男の菅田将暉くんの時は、本当は産婆(さんば)さんをお願いするはずだったのが、お産が急に始まって間に合いませんでした。

二男三男の時には、全く病院にも行かず、母子手帳も持っていなかったというのでから、驚きです。

無事に3人とも生まれたからよかったですが、もし何か、特別なことがあったらどうしたのだろうとびっくりしました。

確かに、菅田将暉くんにとっても、弟を命がけで産もうとしている母親と、それを支えている父親、一生懸命生まれようとしている弟を見ることは、貴重な体験だし、家族の絆は強くなるでしょう。

出産の立ち合い、自宅出産はいいと思いますが、病院で定期健診も受けないのは、疑問です。

妊婦検診を受けず、かかりつけ医を持たない妊婦のことを、野良妊婦(のらにんぷ)と、皮肉を込めて言うことがあるそうです。

菅田将暉くんの家のケースとは違いますが、問題もあるようです。急に体調が悪くなって、病院に駆け込み出産という事態になると、何のデータもないため、危険なんだそうです。

妊娠に気づかなかったとか、誰にも妊娠したことを言えずにいる人、経済的な理由で病院に行けない人などもいます。そういう人でも、ちゃんと健診を受けられるようなサポートが必要です。

でも、そういう特殊なケースでなければ、ちゃんと病院に行って、母子手帳をもらって、定期健診に行って、元気な子を生んでほしいと思います。

菅田将暉くんの父親も、野良妊婦はお勧めしないといっています。

菅田将暉くんの父親の本を読んで、まねしたりする人はいないとは思うけど、ちょっと気になりました。  

お父さんの収入が、どのようにして得られているのかを見せるため、経営コンサルタントとしての講演会に子供3人を連れて行くこともありました。

その時は、菅田将暉くんが受付を手伝うこともあり、社交性と礼節を学ぶ、良い機会だったと、お父さんは言っています。

親バカとことわりながら、このような経験が、誰にでも理義正しく、天狗にならない菅田将暉くんを作っていると考えているそうです。



 

中学1年生で福山雅治さんのコンサートに行った菅田将暉くんは、父親が感想を聞くと、「福山さん、すごく気持ちよさそうだった。」と答えました。

ステージの上の福山雅治さんの位置に自分を置いた菅田将暉くんを、父親は、将来舞台の上に立つ人間になると思いました。

それ以降は、生の舞台や、映画を、菅田将暉くんにたくさん見せたのです。

菅田将暉くんの感想は、ありきたりではなくて、深く考えた感想でした。撮影現場の見学もしていました。

菅田将暉くんも演技に興味を持っていたので、息子は役者になると確信していましたが、大学に入ってから芸能界にとお父さんは思っていました。

菅田将暉くんは、父親と同じく優秀で、偏差値63の大阪府立池田高校に通っており、お父さんは、早稲田大学に入ってほしいと考えていました。

しかし、高校1年生のうちに「仮面ライダーW」のオーディションに合格し、東京に引っ越し、高校は中退しています。

家族はさびしかったんですね。特に2人の弟は、時々、思い出しては泣いていたとか。とてもいいお兄ちゃんでした。

4歳下と6歳下の弟の世話をいっぱいしていたから、そんなに寂しかったのですね。それに、弟は、まだ小学生、もっと遊んでほしかったんですね。

そして、お兄ちゃんが仮面ライダーになった時、テレビの前で、「お兄ちゃんは仮面ライダーだ」と大喜びしたのです!

菅田将暉の父は吉田拓郎ファン!

菅田将暉くんの父親は、吉田拓郎さんの大ファンです。

家で、ギターを弾きながら歌っていたのを菅田将暉くんも見ていて覚えて、「さんまのまんま」に出演した時には弾き語りをしていました。

菅田将暉くんが芸能界に入った時の、父親のたった1つの願いが、「吉田拓郎さんに会わせてほしい。」でした。

菅田将暉くんに、2017年5月「明日は親孝行します」と言われて父親が行ったのは、フジテレビ「ラブラブ愛してる 16年ぶりの復活SP」」でした。

菅田将暉くんがゲスト出演し、そこで、お父さんは吉田拓郎さんに会うことができました。

喜びすぎたら、「そない、力いっぱい打ってこられても、ラリー返されへんわ…」という菅田将暉くんでした。

菅田将暉が語る父は?ファンからの声も!

2018年、菅田将暉くんの父親は、「ベストファーザーin関西」を受賞しました。

「父として育ててもらった、愛すべき3人の息子に感謝したい」とコメントしました。

菅田将暉くんは、「深夜のピーナッツの食べ過ぎだけには気をつけて」と祝福しました。ピーナツが好きなんですね。



 
 
菅田将暉くんの父親をテレビを見ていた人の声は、「子供の七光り」とか「似ていない」とか「似なくてよかった」とか、残念なものが多かったのです 苦笑。

実際は、お父さん、菅田将暉くんが俳優になる前から、関西では有名だったのです!

菅田将暉くんの事務所から、息子だとわかるとイメージが固定されるから、露出を控えてほしいとも言われていたのです。

全国的には知られていませんが、子の七光りなんて言われるのはお門違いですね。

父親について聞かれた時の菅田将暉くんです。

「うちの親父めっちゃ怖いんですよ」と言っています。参観日に白い眼鏡で来て、「来たで~」と声をかけるのです。

クラスの子たちに笑われるので、恥ずかしくてしょうがなかったそうです。

今も舞台あいさつなどには、白い眼鏡をかけて来るので、菅田将暉くんは、胃が痛くなって、身体もピッと姿勢が良くなるそうです。

「父は天才。いまだに追いつけない」と話していたこともありました。

菅田将暉くんがNHK「あさイチ」にゲストで出た時に、お父さんがコメント出演し、子育て法を披露しました。

菅田将暉くんには知らせていなかったようで、家族が「あさイチ録画 あさイチ録画」と何度も言っていた理由がわかったといっています。

菅生家の家訓は、「できるできる、私はできる」。これは、父親の口ぐせで、トイレに貼ってあるそうです。

菅田将暉くんも、本番前に思い出して、自分に言い聞かせるのだそうです。父譲りのポジティブ精神の持ち主だと言われています。

菅田将暉の父親まとめ

菅田将暉くんの父親の名前は、菅生新(すごう・あらた)さんです。

学生時代にアルバイトで時代劇の俳優もしていました。

卒業後は、製薬会社社員、自己啓発プログラムの代理店を経て、経営コンサルタント会社の社長で、関西では有名です。

学歴は、私立清風南海学園高校から、同志社大学法学部を卒業しました。



 

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