俳優・女優

寺島しのぶの息子の学校はどこ?年齢や名前、3ヶ国語喋れる理由も


女優の寺島しのぶさんの息子の学校についてまとめてみました。

息子の名前や由来、年齢はいくつなのでしょう?また日本人にしか見えませんがハーフとか?

おまけに日本語はもちろん、英語とフランス語の3ヶ国語がペラペラだとか。スゴいですね。その理由についても書きました。

母親の寺島しのぶさんは1972年12月28日生まれで、年齢は46歳(2019年5月現在)です。

寺島しのぶさんの父は歌舞伎役者、母は大女優。芸能界の名門の娘として京都で生まれ、東京で育っています。

寺島しのぶさんのドラマデビューは15歳(1989年)。松本清張原作の「詩城の旅びと」で、映画デビューは27歳(2000年)で「シベリア超特急2」です。

その後も多くの映画やドラマに出演し、演技力も高く評価されていますが、私生活はあまり知られていません。

では寺島しのぶさんの息子の学校についてみていきましょう。

関連記事:寺島しのぶの旦那の名前や年齢、国籍は?職業や年収、馴れ初めも!



 

寺島しのぶの息子の学校はどこ?

寺島しのぶの息子の学校はどこ?名前や年齢は? oricon

寺島しのぶさんの息子の学校は、幼稚園が青山学院幼稚園で、小学校は慶應義塾幼稚舎(けいおうぎじゅく・ようちしゃ)です。

息子くんは、フランス人の旦那さんとの間に生まれた子供で、一人っ子で、名前は眞秀(まほろ)くんです。

眞秀くんが生まれたのは、寺島しのぶさんと旦那さんが結婚して5年後の2012年9月11日、寺島しのぶさんが39歳のときでした。

結婚5年後に子供を授かったということは、5年間お子さんが出来なくて、不妊治療でもされていたのでしょうか?

眞秀くんは、予定日より10日早く生まれましたが、体重は3,680gもある大きな男の子でした。

お母さんのお腹の中は窮屈で早く出てきたかったのでしょうね 笑。

寺島しのぶの息子の父親はフランス人

息子・眞秀くんの年齢は7歳(2019年5月現在)になります。秋のお誕生日には8歳ですね。

母親の寺島しのぶさんは、小学校から大学まで青山学院に通っていました。弟で歌舞伎役者の尾上菊之助さんは幼稚園から青山学院です。大学は中退されていますが。

他にも多くの歌舞伎役者のお子さんやご自身が青山学院に通っていたり、出身ですので、青山学院は歌舞伎役者御用達の学校になっていますね。

寺島しのぶさんの息子は青山学院幼稚園だったので、そのまま青山学院初等部(小学校)に進学だと誰もが思っていたようですが、小学校は超難関校である慶應義塾幼稚舎に合格し入学しています。

青山学院幼稚園に入学すれば、大学までエスカレーター式に楽に進める環境なので、安心して歌舞伎の舞台に打ち込むことができるのです。

それなのに、私立小学校で最難関と言われている慶應義塾幼稚舎を息子にわざわざ受験させています。

ちなみに慶應義塾幼稚舎の2018年度の男子の倍率は9.1倍でした。青山学院初等部の男子の倍率は約5.8倍ですから、いかに慶應義塾幼稚舎がむずかしいかわかりますね。



 

寺島しのぶさんはなぜ息子に慶應義塾幼稚舎を受験させたのでしょうか。

寺島さんの夢は歌舞伎役者になることだったそうです。しかし、歌舞伎役者は女性はなれません。それゆえ夢を断念するしかなく、人生の目標を失って苦しんだようです。

生まれた子供がたまたま男の子だったため、歌舞伎役者になれなかった自分の夢を息子に叶えてほしいという気持ちが自然に芽生えたのですね。

父や弟に負けないりっぱな歌舞伎役者になって欲しいという気持ちが息子の成長とともに高まって行ったのでしょう。

ですので、息子の優秀さをアピールするために、父や弟が通った青山学院ではなく、私立で一番むずかしい慶應義塾幼稚舎を受験させたとも考えられます。

でも旦那さんはフランス人なので、フランス式に息子の自主性を重んじているし、息子本人も歌舞伎役者になることにはしばらくは興味がありませんでした。

母親である寺島しのぶさんだけが息子を歌舞伎役者にしようと一生懸命になっていたようです。

息子くんは優秀でしたね。めでたく慶應義塾幼稚舎に合格し、2019年の4月から小学1年生です。

ところで、息子くんは、日本語、英語、フランス語と3ヶ国語しゃべれるそうですが、その理由は何なのでしょう?

息子くんの日常の会話ですが、父親とはフランス語、母親の寺島さんとは日本語で会話をするそうです。

しかも、寺島さんと旦那さんは英語で会話しているので、眞秀くんは英語もわかるそうです。

凄いですね~、幼い頃から日本語を含めて3カ国語がわかり会話できるなんて。賢いお子さんです。超難関の慶應義塾幼稚舎に合格したこともうなずけますね。



 

寺島しのぶの息子の名前の由来は?

息子の眞秀くんの名前の由来は、「やまとは 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる やまとしうるはし」という古事記に書かれたヤマトタケルノミコトの名歌から名付けたそうです。

「ヤマトは国のまほろば」の意味は、ヤマトの国が一番秀でている、です。

寺島さんは、どこの国に行っても大和魂、大和の国が素晴らしいことを忘れないで欲しいという気持ち、願いを込めているそうです。

寺島しのぶの息子の名前や由来は?

日仏ハーフなのに、革命を起こして王政を廃止したフランス人魂はなし? 大和魂だけが込められているのですね。

これはやはり母親である寺島しのぶさんが歌舞伎役者という日本の伝統芸能の家系に生まれたことや、旦那さんとの生活の場が日本ということが関係しているのでしょうね。

眞秀という漢字の「秀」という字は、寺島さんの父親の本名「寺島秀幸」の「秀」から来ていますが、旦那さんの希望だったそうです。

旦那さん、フランス人なのに、息子に妻の父の名前にちなんだ漢字を当てるなんて、感心です! 寺島しのぶさんが惚れ込んだのも納得です。

寺島しのぶの息子は歌舞伎役者になるの?

寺島さんは眞秀くんが生まれたときから「将来は歌舞伎役者になって欲しい」と強く望んでいたそうです。

それは、歌舞伎役者の名門に生まれ、幼い頃から踊りなどの稽古を始めたため、将来は歌舞伎役者になるものだと自然な流れで思うようになったからでした。

しかし、5歳違いで跡継ぎの弟が生まれたことと、女性は歌舞伎役者になれないということを知り、夢を断念するしかなくなります。

その時は、落ち込みが激しく、稽古事は全て辞め、自室に引きこもってしまいました。寺島しのぶさんの歌舞伎役者への思いは相当深かったのですね。

周りの大人ももっと早くに女性は歌舞伎役者になれないことを伝えてあげていれば、こんなに傷つくこともなかったのでは?!



 

そんな苦渋の過去があったので、寺島さんは息子にその夢を託したのですが、歌舞伎役者になりたいという気持ちがまだない息子に自身の気持ちを押しつけるのは良くないと気づいてやめたようです。

ところが眞秀くんが歌舞伎をやりたいと興味を持ったので、2017年5月、5歳の時にに歌舞伎座の「團菊祭五月大歌舞伎」にて初お目見えを果たしました。

眞秀くんはもうれっきとした歌舞伎役者なのです!!さすが、歌舞伎の名家に生まれた男の子ですね。物心ついたら歌舞伎に興味を持つところが!

寺島しのぶの息子の学校はどこ?

眞秀くんは舞台『魚屋宗五郎』で、祖父である尾上菊五郎さんにお酒を届けるシーンを立派に演じきったので、寺島さんは号泣してしまったのだとか!

そうですよね~泣けますよね~。息子の初の晴れ舞台、嬉しいと同時に感慨深い物があったのでしょうね。

初舞台の千秋楽で、眞秀くんは「め組の喧嘩」の終わりに、板東亀三郎の長男 侑汰くんと法被(はっぴ)を着て登場し、祖父 尾上菊五郎の元へ堂々とかけ寄ったそうです。

祖父の菊五郎さんも孫と共演出来て嬉しかったことでしょう!!

寺島しのぶの息子と歌舞伎役者叔父・尾上菊之助と祖父・尾上菊五郎

しかも「歌舞伎役者にするのならば、いずれは尾上梅幸(おのえ・ばいこう)の名を継がせたい」と言っているそうです。

尾上梅幸は女形の名人で、代々の尾上菊五郎(おのえ・きくごろう)は俳名(はいみょう)、つまり平たく言えばニックネームです。

※尾上梅幸は名跡(みょうせき)。歌舞伎役者には名跡といわれる舞台上の名前(舞台名または芸名)と、それ以外で使える俳名(ニックネーム)、本名(戸籍上の名前)の3つがあるのです。

眞秀くんはお目々クリクリの丸顔。優しいお顔つきなので、女形がぴったりかもしれませんね。

祖父の菊五郎さんも、眞秀くんが歌舞伎役者になることに期待しているようです。

歌舞伎の名跡・梅幸を継ぐ日が近いかもしれませんね!!

関連記事:寺島しのぶの旦那の名前や年齢、国籍は?職業や年収、馴れ初めも!



 

error: Content is protected !!